古本屋について

学生時代は余程気に入っている作品以外は古本屋で購入していたものだが、今となってはよほどのことが無い限り全て新刊で購入することにしている。

本というのは販売することも当然大変ではあるが、やはり製作するまでに費やす労力の途方もなさと比べたらたいしたことは無いはずだ。
大概の場合一冊の本が売れて作家に入る印税は1割程度のはずで、電撃文庫の平均的な価格を例にすると、大体一冊につき60円程度の印税が作家の懐に入ることになる。出版社及び販売小売店がどれだけ儲かるかはさっぱりわからんが。それはさておき、作家が一冊の本を書き上げて出版されて販売に至ったときに懐に入る金は俺の知る限りでは原稿料と印税の二種類に分けられる。当然販売数が多ければ大元である原稿料も増えるだろうし印税に関しては言うがずもがなである。

ところが古本屋と称される販売店で本を購入しても肝心の作家へは一円の儲けも発生しない。ということは此間も書いたような気がするんだが、まあ何回言ってもいいことだと思うので改めて言おう。

作家に還元するためには本屋で普通に購入するしかないのだ

最初に書いたが、現在の俺はある幾つかの理由を除いて、本は新刊で買うことにしている。
そのいくつかの理由というのは
①デビュー直後を初めとした、俺が一度も読んだことのない作者の作品を買う場合
②以前に読んだことはあるがそれほど面白いとは思わなかったものを改めて買いなおしたりするとき
③別にその作家に金を還元したいとは思っていないとき

の3つである。
①に関してはお試し期間とでもいうべきだろうか、それで気に入ったら無条件でその後の作品は発売日に新刊で購入するので見逃してもらいたい。
②に関しては、昔読んでつまらなかった作品でも今読んだら面白いかもしれないなあ、とか思って買ったりするときにのみ適用される。最近で言うとハルヒ、ただしハルヒに関しては買いなおしすら普通の本屋で行ったんだが。
③は、なんというかそれほど好きじゃない作家だが惰性で買ってたりする場合。或いは俺が買うまでも無く充分売れてるし金もあるような。名前で出すと森博嗣とか高田崇史とかそのへん。

やはり社会人たるものどうせ金使うならなるべく社会に還元できるようにするべきだろう。
俺の人生の大部分を構成する読書という行為を行う上で最も重要なのは書く人と作る人と売る人の三本柱であり、恩返しといえばなるべく多くの金を落とすことであろうから、できるだけ新刊で買うようにするのだ。

なんてことを唐突に主張したのは、今日久々に古本屋で結構な量の小説を購入したことに対する言い訳である、ということは言うまでもないだろう。